BADRUN:

 

     
      
≪ 日蔭に朱を引く ≪ ≫ 誰も訪れない滝 ≫

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つるぼ
2012.10.04 (Thu)

とりたてて人間が好きって訳じゃない。 

むしろ 関わらないで生きていけたなら それに越したことはないと思っている。

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「あら! ネジバナかしら? 」

写真を撮っていると 話しかけられることが 多々ある。 
大抵は「ええ」と簡潔に答えるか 軽い会釈程度で済ませることにしている。 
面倒くさいというよりも 見知らぬ人とどう関わって良いのか 戸惑ってしまうからである。

写真に夢中になってる振りをして 少しばかり時間をずらしてから振り向く そのわずかな時間の合間に通り過ぎて行ってくれればと いつも願っている。
大抵は思惑どおり 通り過ぎてくれる。


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その花を覗き込んでくる人の気配が ファインダーの端にチラついて 煩(わずら)わしくて仕方がない。

「ネジバナとは違いますね 」
ファインダーを覗き込んだまま そう答えた。

横の人影が さらに花に近づき
「あらほんと ネジバナとはちょっと違う感じだわよね 」
その声の感じからして年配の女性だということがわかる。

「なんの花かしら? 」

彼女の方を見向きもせずに
「・・・・・・・・・そうですねぇ ・・・前に調べたことがあったんですけどね 忘れちゃったみたいで 」

昨年 荒川の土手でこの花をたくさん見つけた時 ネットで調べていたのだが 三文字の名前だったこと以外 思い出せないでいた。



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アスファルトの道は真っ直ぐ なだらかに下(くだ)っており 右手は緩(ゆる)やかな傾斜をもった2メートルほどの高さの土手になっていた。 
下に行くほど土手の高さは増し 急勾配になっていて その上には四階建ての団地が三棟 間隔を置いて建っている。

その土手の斜面には 淡い紫色の小さな花が所どころ 塊となって咲いていた。




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彼女が立ち去る気配もみせないので 仕方なく振り向いた。

白髪(はくはつ)の小柄な女性の口元が微笑んでいる。

その白髪は耳を隠すくらいのショートカットで 白い2本の縦ラインの入った黒いトレーニングパンツを穿(は)き ジョギング中か散歩途中であるろうかと思われた。

白いTシャツの袖口から出ている腕には 無駄な贅肉が付いておらず 全体のシルエットからも痩せている事がわかる。
かと言って 背筋を伸ばし すっくと立ったその姿は 病的に痩せているって風には見受けられなかった。
歳をとって無駄が省かれ 自然に痩せていったという 年配の人によく見受けられる体型であった。



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まだ 陽が昇り始めて 間もない時間。

土手の斜面は最近 雑草が綺麗に刈り取られたようで 土手の上に張られた金網のフェンスの根本まで露(あらわ)にされている。
そして 雑草が刈り取られるのを待っていたかのように その薄紫の花は 細い土筆坊(つくしんぼう)のような穂先を 挙(こぞ)って伸ばし始めていた。

だが フェンスの向こう側は花壇になっていて 雑多な草木がフェンスの背丈ほどに生い茂り 朝の数時間 土手は日蔭になっている。
そのフェンスと草木の隙間から光が射し込むには まだ 暫くの時間を要した。


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「この土手にはね。 もうすぐ彼岸花が咲くのよね 」

「はぁ。 そうなんですか 」
まったく気のない返事をしてしまった。 

この場所に僅(わず)かばかりの彼岸花が咲くことは すでに知っていたのだが 自分の時間を邪魔されたくという気持ちがそう言わせてしまった。

「でもね。私 彼岸花って好きじゃなかったのよ 」

振り向いたことで 私が気を許したと思ったのか 彼女は さらに喋り始めた。
確かに 自分も彼岸花に対しては良いイメージを持っていなかった。

「ほら あれでしょ。 私 終戦後 満州から引き上げてきたでしょ 」

「はぁ。 そうなんですか」
彼女はまるで 彼女の生い立ちを 私が少し知っているかのように話し始めた。

「引き揚げ船で新潟に着いて 暫く新潟に住んでいたでしょ。 ほら あっちには今くらいの時期になると 田んぼのあぜ道なんかに沢山の彼岸花が咲いていて お墓なんかにもよく咲いていたでしょ。 それに 毒があるって聞いてたじゃない。 だから子供の頃はなぜか あの赤がとっても怖かったのよ 」

「そうですよね。 わたしも あまり好きじゃなかったんですよ 」

「でも 歳をとって残り少なくなったせいかしら 今はとっても綺麗だなぁって思えるの 」

光が届くまでの そんな手持ち無沙汰な時間 それに気を許してしまったのだろう。
少しばかり時間を無駄にしてもいいかなと思い始めていた。


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「そしてね。 引き揚げ船でこっちに来るとき 一週間くらいかかったのよ。 その船は戦艦でね。 薄暗い船底には沢山の人がいたわ。 私まだ子供だったんだけれど そのあいだに ほら。 ・・・・・いろんなこと見ちゃったのよね 」
眉をひそめて話す表情に なにを見たのか聞き返すことは出来なかった。

「そしてそれからね。 新潟から伯父の家がある八王子に越して来たのよ。 伯父の家には従姉のお姉さんが居たんだけれども 入間(いるま)の大きな旅館に嫁いでいったって聞いていたの ・・・だけど本当は違ったのよ 」

終戦直後の入間というと 広大な武蔵野の雑木林が広がっていて 大きな旅館がある観光地というイメージは思い浮かばなかった。

「入間(いるま)なんかに大きな旅館があったんですか? 」

彼女は また 眉をひそめて 
「ほら あれがあったじゃない 」
だが あれがなんだったのか彼女は 語ることはなかった。
「親戚の中ではその話はタブーだったんだけれど みんな知ってたわよ 」


後で気が付いたのだけれど 戦後 入間(いるま)には米軍基地(ジョンソン基地)があった。

70年代の頃 一部の若者の間で米軍ハウスに住むことがステータスだった。
その頃 ニューミュジックのミュージシャンが 入間(いるま)の米軍ハウスに住んでいて 彼を車で迎えに行ったことがあった。
そのあたりだけ やけにだだっ広い空間があったような記憶がある。

今は近くの福生に横田基地が残っており 基地と国道16号線を挟んだ反対側に寂(さび)れた歓楽街がある。
そんな歓楽街が入間(いるま)にもあって 当時 米兵相手に賑わっていただろう。 そんな米兵を相手にする女性達がいた旅館があったのだろうと想像できる。



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「あら ごめんなさい。 貴重な時間 お邪魔しちゃって 」
彼女は 話の切れ間 私がチラッと土手の花の方を向くたびに こう言った。
そこで話を断ち切れば良かったのだが なぜか 私は今していた話に問いかけてしまい また 話は続くのだった。

それが二・三度繰り返され 彼女は身内のこと 彼女自身のことを 答えが曖昧なままにして 断片的に語るのであった。
突っ込んで問いかければ 答えてくれたのかもしれないが 話が深く辛酸(しんさん)な方向に行ってしまいそうで うわべだけを掬(すく)うような聞きかたになっていた。




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「あら ほんとうにごめんなさい。 長い時間 話し込んじゃって。 今度こそほんとうにお邪魔するわ 」
彼女は軽く会釈をすると 歩き始めた。

二・三メートル歩んで 立ち止まり 
そして上半身を翻(ひるがえ)し 彼女は言った。

「私ね。  うつ病なのよ 」

「・・・・・・・」

「こんな話し 知人や身内なんかに話せないでしょ。 
今日 いろんな話し聞いてくださって なんだかとっても気が楽になったわ。 
こんなことって最近 本当にないものね。 とっても楽しかったわ。 ほんとうに ありがとう 」

予期せぬ言葉であった。

身体(からだ)全身の細胞がざわざわと小刻みに揺れだし その細胞 ひとつひとつから そう ”となりのトトロ ”に出てくる”まっくろくろすけ "のような生き物が自身の体から溢(あふ)れ出し 我先にと団地の坂を転がるようにして逃げ出し 消えて行く光景が映し出された。

彼女は 半身のまま深々とお辞儀をすると また ゆるやかな坂道をゆっくりと上りはじめた。
私は ただ そこに立ち尽くし 彼女が坂の上に消えてゆくまで見送った。




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あれから たびたびこの場所を訪れているが 彼女と再び出会うことは無かった。

いま思うと彼女は 自分のこころが見せた 分身だったのではないか。
そして あの”まっくろくろすけ”は いつのまにか自身に棲みついた こころの重みが写しだした幻影だったのではないだろうか。

相変わらず 人間が好きになったわけでは無いのだけれど あの時から少しずつ人と話をすることが 僅かではあるのだが楽になった。
何を話そうかと戸惑い躊躇することは まだあるのだが 一歩踏み出し 最初の言葉が出るようになってきた。


話すことで救われる魂もある。



この土手に わずかばかりに咲く曼珠沙華(彼岸花)の花が 真紅の絨毯を敷き詰めたように あたり一面 この土手を埋め尽くしてくれれば
「まぁ きれいね」 って 明るくなった彼女の声が また背後から聞こえてきそうな気がする。






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Canon PowerShot S3 IS

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  えび

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